小沢一郎がすべきなのは日本衰退への道の提言である

先日、日経の国際・アジア研究グループ主任研究員をしている大学時代の友人と飯を食った。
彼の話によると、中国と日本とではすでに経済的な勝負はついてしまったという。
確かに、地力という意味で言えば、10億の人口と広大な国土を持つ中国と日本とでは、長い目で見れば勝負にならない。
例えば、経済力の一つの指標であるGDPで言えば、来年、中国は確実に日本を抜く。
そして、今後、日本は中国に依存しなければ生きて行けないような立場になる。
いい、悪い、好き、嫌いは別にしてこれも確実だ。
先日、小沢一郎が衆議院議員140名を引き連れて胡錦濤詣出をした。さらに、次の主席と目される習近平副主席を天皇陛下と半ば強引に会見させるという一連の動きがあったが、もろもろを四捨五入して、あれも、将来の日本のためと言わざるを得ないのかもしれない。
それに対して、各方面から様々な批判があったが、その多くの批判が、おそらく日本が置かれている立場に対する現状認識の甘さから来ているように感じられる。
日本は既にかつての日本ではないし、中国はかつての中国ではないのだ。

先の友人も言っていた。中国の日本に対する憧れの視線は既に無い。中国の目は明らかにアメリカに向いている。日本は今、今までのような大国路線で行くのか、小さくても存在感のある独自の道を選ぶのか、その選択肢を迫られている。彼自身の見解としては、日本は大国である必要は、もう無いのではないかということだった。

さて、話はかわるが、先日、日銀の白川総裁がWBSに出演していて、今の日本経済に関して必要な施策として、大きく言えば、規制改革、労働市場改革、セーフティネットの整備の3つが必要との話をされていた。今後の日本人の生活レベルを現状維持していこうとの前提に立てば、それは至極、真っ当な意見だ。
しかし、民主党政権は、三番目のセーフティネットの整備は別として、後の2点に関して、明らかに別の方向に舵を切ろうとしている。白川総裁とは別の方向を向いているのだ。ということは、日本という国を、人々が気づかないくらい、少しづつ沈ませようとしていると考えるしかない。
おそらく、事業仕分けという舞台は、やる気と才能のある人々を海外に追い出すためにの儀式として必要なのだ。これは皮肉で言っているのではない。最近の若者はあらゆる面で意欲が無いというが、彼らも今後の日本の進むべき方向を無意識的に選択しているのではないだろうか。そして、若者だけではない。日本には大国主義を捨てて、世界の第一線の競争から降りて、独自の幸せを追求する社会主義の国にすべきという人が徐々に増えてきているのかもしれない。

だとしたら、民主党政権が、まず、すべきなのは、白川総裁の真っ当さに対して、「それはこれまでの日本を続けるには正しい選択であるが、多くの国民は、それを望んでいないようです。徐々にみんなで沈んでいくような幸せな安楽衰退を望んでいるようです。競争をして、よりよい生活をしたい人は、中国やシンガポールに行っていただきます。」という明確な意思表示をすることだ。

そして、その意思表示して初めて、その安楽衰退に賛成するのか、それとも、それでも日本は競争をつづけ、世界の一等国にとどまり続けようとするのか、という二者択一が真剣な論争になっていくのだ。

一番まずいのは、口では日本の成長を言いながらやっていることは衰退を促進しているというようなゴマカシだ。

小沢一郎もここまで憎まれ役を買って出たのなら、ここは一つ正直に、一番言いにくいことではあるが、「これから、民主党は日本衰退路線で行きますがいいですしょうか」との問いかけを国民にしてしてほしい。

それが実力者にふさわしい、彼の唯一の仕事だと思う。

まさむね

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